2月はアップに至ることができませんでした。
「昨今の私」のカテゴリーで取り留めない内容ですが記します。
2月のこまごまとした大変ごとに新しいパソコンへの移行ということがありました。
どうしても解決できないことを遠隔操作で2回おせわになりなりましたが、
なんとか完了しました。
遠隔操作のすごさに大喜びな私でした。
そして新しいパソコンは、私の入力の速さがそれなりになっていることを知らせてくれ、
ストレスフリーを味わっています。(笑)
さて次は、確定申告を急がなければというところです。
4月からは、ひなぎくの開室日を3.5日として、2日を外勤にあてます。
ありがたいことにひなぎくへの新しい来室者も今までにない感じでじわじわと増えています。
2月から、考えないといけないことが多すぎますが、
時間の流れにその答えをゆだねるしかないことも多いなぁとも感じています。
でも考え続けているということは、
私にとって当たり前のことであり仕事にも反映される鍛錬ともいえ思考を止めない私です。
止めれない?…のかも。・・・温泉や岩盤浴の中では止まっているかな。(笑)
ほんの、ほんの少しのとりとめもないお話でした。
3月になりました。
皆さまも体調など崩されませんようどうぞお体大切にされながらお過ごしくださいませ。
お立ち寄りいただきありがとうございます。
]]>みなさまはどのように新年を迎えられたでしょうか。
元旦に能登半島地震が発生して、のちには航空機の事故も発生するなど、
案ずる思いとともに新年を迎えることとなりました。
能登半島地震で被災された方にこころよりお見舞い申し上げます。
元旦には下鴨神社に初詣に行き、そこから地元の神社にもお参りに行き
自宅に帰りつくと地震の発生を告げる画面に遭遇でした。
下鴨神社です。
おみくじは、夜明けを告げる内容のものばかりでした。
いただくおみくじは例年決まっているのですが、その内容が違うことがなく、
そろうことには毎年驚きです。
おみくじには、一度つぶれたものが復活するとありました。
つぶれたもので思いつくことがいくつかあるのでどうなっていくのかと思います。
つぶれたものがいくつかあるのか・・・生きるとは上がり下がりです。
感動は苦があって成り立つもの。
苦があってこそ、本当にありがたい。この上ない思いになります。
ありがたいは、やはり有難いなのですね。と、つくづく思います。
それにしても天災の苦はいかばかりのものなのでしょうか。
私は、阪神淡路大震災の時に5強の揺れを体験したのみで、
当時、震災後に2年間大阪や西宮でボランティアでの活動をしましたが、
傾いたビルや被災した方のお話を聞いても思いを馳せることが全く及ばないと思い、
「私にはその苦はわからないんです」と伝えることしかできませんでした。
でもそう伝える私に、体験されているこころの苦を明かしてくださいました。
その方々の、子どもたちの言動から、
実感として私に伝わってくる情緒体験をしたこと(のみ)でした。
激動の年明けとなりましたが、本年もどうぞよろしくお願い申し上げます。
ひなぎく心理ルームは、来年度4月をもって20周年を迎えます。
これからも粛々とその営みを継続してまいります。
皆様にとりましてもこの一年が実り多き一年となりますように願っております。
いつもお立ち寄りいただきありがとうございます。
暖冬とはいえ、お身体たいせつにお過ごしくださいませ。
]]>今年ものこすところあとわずかとなりました。
私の2023年を振り返ります。
2023年も、ひなぎく心理ルームでの臨床を無事終えることができました。
年が明けてからも私の臨床実践の中核として励むことです。
そして、2023年の新しい活動は社会福祉法人での研修委員長の任でありました。
適当に程よく…が、できない私にはたいへんな苦も存在しましたが、
そこは私の辛抱のしどころでなんとか形になって年を越すことができそうです。
今までと勝手が違うことで周囲も巻き込み小改革に突入です。
よりよくなるには避けられない振動を立ち位置は違えど皆で体験したことでした。
次に、
いきなりの写真の登場です。
12月11日(月)巡拝に行った比叡山延暦寺です。
いつも東山にそびえる比叡山を眺めていることですが、参拝は初めてのことでした。
自宅から車で30分ほどで到着です。
東塔(とうどう)、西塔(さいとう)、横川(よかわ)というエリアがあり、
東塔にある国宝殿や眼下にみえる琵琶湖の景色なども含めて、
じっくりと1日かけて巡拝しました。
延暦寺内にある喫茶ではお抹茶の梵字ラテをいただいきました。
この喫茶(延暦寺会館内)からの琵琶湖の景色です。
曇り空でしたので目をこらしてイメージで補っていただきますように。
東塔にある、阿弥陀堂です。
私が最も心惹かれたのは、西塔の「浄土院」(最澄の御廟)です。
その空間の次元が違いました。
最後に行った横川エリアでは、横川中堂の中で一人で参拝していて、
シンプルな一つの空間の中をくるっと回るだけなのですが、
少し展示物を見るために逆行したことで、
出入り口の一つ手前の角を出入口と勘違いしてしまい、
お堂の門が閉まってしまったとパニックになり、
「すみません〜」と叫ぶ始末。
すぐに出入り口の売店におられた上人さんが「は〜い」とお返事をくださり、
お堂の中で合わせていた手をそのままに、
「すみません、出口がしまったかと思ってしまって」と、
お詫びに微笑みで最後の参拝を終えました。
方向音痴というものはこういうところでも発揮されます…。(笑)
この巡拝は、私のお礼と励むことの誓いの巡拝でした。
ひなぎく心理ルームにお見えくださる方は、自力で当ルームを見つけて来られる方と、
紹介で来られる方があります。いつもご紹介くださる個人の医院様は、
患者様が飽和状態で新患さんをとれないのだと、秋のご挨拶時にお教えくださり、
自ずと当ルームに紹介してくださる方もなくなってしまうことです。
そのような中、当ルームの方々も、
自身で思いを巡らせて自ずと言動を選択できるようになられた方は終了となります。
そこで、2024年4月より私は、スクールカウンセラーとして比叡山延暦寺学園、
比叡山中学校高等学校にお世話になることとなりました。
たいへんありがたいご縁に感謝の思いでいっぱいです。(月・金の終日勤務予定です)
開業臨床と学校臨床と社会活動と研鑽を推し進める2024年となります。
研鑽も今まで通りこの上ないありがたい環境の中で頑張ります。
査読の返信が遅いのが難ですが、致し方ありません。
ここも融通の利かない私で、ひとつづと思ってしまい、次の論文には行けない私です。
のちにはこのあたりの融通は利くといいのですが…。
投稿してから2年が経過しました。私の改稿に8ヶ月を要しましたが、
留め置き18ヶ月は勘弁です。
まだまだ留め置き更新中。と、ぼやきで新年を迎えるのもなんですが、
私にとっては大切な大切な取り組み事であり、生活設計にも直にかかわることです。
お忙しいこととは思いますが、よろしくお願い申し上げます。と伝えたいです。
100%伝わりませんが。(笑)
師の定例セミナー以外の研修、2月23日はすでに仕事ありですが、
3月10日はオンラインで参加予定で楽しみなことです。
また、私には直接の関係はないことですが、4月から精神分析協会の関西でのセミナーが、
開始されることも、いよいよ関西を拠点とした活動がはじまるのか!と喜んでおります。
2023年の思いのたけを書かせていただきました。
何より、当ルームに足を運んでくださる方に感謝です。
私にとっても当ルームの存在があっての私であると思っています。
それでは、皆様もどうぞよいお年をお迎えくださいませ。
いつもお立ち寄りいただきありがとうございます。
来年もどうぞよろしくお願い申し上げます。
感謝です。
]]>
来室の方には1ヶ月以上前にお知らせ済みで、すでに休暇に入っております。
なかなかアップに至れずご無沙汰となっておりました。
冬期休暇は、2023年12月25日(月)〜2024年1月8日(月)までとなります。
1月9日(火)より開室となります。
ご予約のご希望やお問い合わせは、留守番電話にいれていただくか、
HP右上の「お問い合わせ」よりご連絡いただきましたら、
確認しだい折り返しさせていただきます。
どうぞよろしくお願い申し上げます。
また明日にアップいたします。
お立ち寄りいただきありがとうございます。
]]>第69回日本精神分析学会が、11月3日から5日に行われることに先立って、
2日(木)午前に京都大学楽友会館において表題の研修会が開催されました。
無心を巡る精神分析家と哲学者によるシンポジウムです。
登壇された先生方は、
松木邦裕先生(京都大学名誉教授・精神分析家)
西平直先生(上智大学グリーフケア研究所教授/京都大学名誉教授 死生学・教育人間学)
Rudi Vermote (Professor Emeritus University of Leuven・Training Analyst and past
president of the Belgian Psychoanalytical Society) 先生です。
ご講義が始まるにあたって京都大学の西見奈子先生より、
この講義の内容は金剛出版から書籍化されると告げられました。
そうでしょう。そうでしょう。と思う私です。
レジメの内容は大変高度なものですが、私のこころに沁みこむようです。
それぞれの先生方が互いをリスペクトしながらなされたご講義は、
内容もさることながらその凄みをさらに増したように感じました。
内容は私に述べるすべもありませんので書籍をどうぞです。(笑)
ここでは、私に引き寄せての記載です。
ベルモート先生のレジメに、ある言葉が出てきました。
邦訳(清野百合先生による)はカタカナで、ゲラッセンハイト(放下/手放すこと)と、
してくださっています。ドイツ語で、Gelassenhiet と記すようです。
そう、「放下」です。
これは10年前に、川本剛空上人が、私のために書いて下さったものです。
当ルームの玄関を彩ります。
ルームを去る時にはときおり感謝を込めて会釈します。
恥ずかしながら意味は今ももちろんわかるに及んではいませんが、
意味がもたらされた所在は理解できました。(笑)
松木先生、西平先生、ベルモート先生、ありがとうございます。
次の日の学会では、ベルモート先生のレジメの中にある、ある言葉を、
私がご挨拶をした先生が私に伝えてくださいました。
あまりに過ぎる言葉なので記せませんが、うそのないひとことであることは感じました。
学会は、学びもさることながら、
会うべきひとに偶然会う(私ひとり入った飲食店でその先生だけおられるとか)
ことの面白さと、その土地に触れる(広島でした)楽しさがあり、
師は学会はお祭りだといわれていましたが、常の学びをともにする仲間ともいつもと違うテンションで、私なりにお祭りを満喫することができました。
来年度に向けてのもろもろの準備と日常の大切な臨床業務に精進あるのみ!!と、
気持ちを新たにしております。
お立ち寄りいただきありがとうございます。
今日の京都は晴天ですが、それでもこよみは立冬です。
週末からぐっと冷え込むようですので、皆様におかれましてもお身体大切になさってください。
お読みいただきありがとうございます。
]]>きんもくせいの香りがこころを和ませてくれます。
カテゴリー「私のつぶやき」で、少しつぶやきます。
昨日、京都いのちの電話で相談員の全体研修を行いました。
私は、同じことを繰り返し言ってしまう癖があるのですが、
昨日は、研修のはじめと中と終わりに「きんもくせいの香りを感じながら・・・」と、
繰り返しました。
そして、またブログのお題になりました。(笑)
だって、外にでるとどこからともなくいい香りが流れてきてくれるのですから。
その甘い香りにこころが柔らかくなることを感じます。
こころが柔らかくなる…って?ですが、そんな感じです。
話は変わりますが、
12年前の10月4日に師と週1回の訓練分析の契約書を交わし、
師が京都大学を退官されて福岡に戻られるまでの4年半お世話になりました。
現在も毎月定例の研究会でお世話になっています。
そして、今年の10月4日に新たにはじめたことがあります。
週1回30分の取り組みです。
それはオンラインによる複数人での瞑想です。
私にとっては自身の心身との出会いの機会となっています。
この先生との出会いも師と同じく京都府の臨士会のセミナーでした。
京都大学で研究員もされていてほのぼのするお人柄に癒されています。
私よりは全然お若い女性ですが海外に論文を発信されてもいるようです。
研鑽の分野は違うのですが、もとに仏教があるところや、
私的には、ビオンの記憶なく、欲望なく、理解なくや直観を働かせること、
などに重きをおく自身の臨床に間違いなくプラスになる体験であると確信しています。
同じことを繰り返して言う必要がなくなるのではないかと思っています。
このことは、おそらく私の生きるすべとして身についていて他者に伝える、自我の再確認、
私の中の私にもう一度伝える、とか、おそらくそのような何らかの意味があるのだろうと思うのです。
なので、このことをおおよそ馬鹿にするニュアンスですが、指摘されると痛みを覚えます。
瞑想は、自身の身体と情緒にであう特別な時間です。
味わって分かち合っていきたいと思います。
私の仕事にとって言葉はとても大切ですが、それと同じくらい言葉にしない、
言葉にならない次元の何かをどう受け取って、どう保持して、
どう変換するかも大変重要です。
変換は、言葉であるかもしれませんし、
さらに違う感覚として認識されることかもしれません。
また・・・全く違う話ですが、2度目の査読が8か月を過ぎても帰ってきません・・・
そのうち帰ってくることと思いますが・・・。
10月は何かを始めるのにはよい季節なのかもしれません。
大切なことが始まって続いていきます。
なんとはなしの、まとまりのあるようなないようなつぶやきでした。
お立ち寄りいただきありがとうございました。
みなさまにおかれましても、どうぞよい季節を満喫なさってください。
]]>(2)発汗(3)身震いまたは震え(4)息切れ感または息苦しさ(5)窒息感
(6)胸痛または胸部の不快感(7)嘔気または腹部の不快感
(8)めまい感、ふらつく感じ、頭が軽くなる感じ、または気が遠くなる感じ
(9)寒気または熱感(10)異常感覚(感覚麻痺またはうずき感)
(11)現実感喪失(現実ではない感じ)または離人感(自分自身から離脱している)
(12)抑制力を失うまたは❝どうにかなってしまう❞ことに対する恐怖
(13)死ぬことに対する恐怖、などのうち、4つ、またはそれ以上で、
突然、激しい恐怖または強烈な不快感の高まりが数分以内でピークに達することを
繰り返すものです。
B.発作のうち少なくとも1つは、以下に述べる1つまたは両者が1か月(またはそれ以上)
続いている。(1)さらなるパニック発作またはその結果について持続的な懸念または
心配(例:抑止力を失う、心臓発作が起こる、❝どうにかなってしまう❞)
(2)発作に関連した行動の意味のある不適応的変化(例:運動や不慣れな状況を回避
するといったパニック発作を避けるような行動)
(DSM-5:参照)
パニック症/パニック障害は、不安にまつわる困りごとのうちの一つです。
検索のキーワードでもよく見かけるのでこのテーマでのアップとなりました。
心療内科や精神科にいけば抗不安薬を始めとする投薬による治療となるでしょう。
心理療法で対応するならば困った症状に焦点をあてる認知行動療法などがあるでしょう。
これらの方法で解決がつくならばそれもよいことと思います。
ただ実際、これらの症状にのみに焦点をあてた対症療法では、
なかなか症状がおさまらない、もしくはまた違う症状が出てきた、
ということも少なくないのではと思います。
当ルームでは、パニック障害もその他の困りごとと同じく、
その方のこころの意識していないところからの、その方のSOSであると考え、
その方のこころが今、このような症状を通して何を訴えているのかとのこころの声を、
知ることに向かって作業を進めていくことになります。
わかってもらいたかったそのかたのこころの声をくみ取ることの作業をもって、
症状はその意味を失い、症状そのものが存在しなくなります。
当ルームは、根治的な治療を提供しています。
そんなにうまくいくの?
もちろん、言うは易く行うは難しです、が、
当ルームが、そこに行きつくための心理療法を提供することは確かです。
来室くださる方は、変わりたい、症状をとりたい、と切に願い、
思うことを自由に話していただければ(話せなければ沈黙でも)、それだけでOKです。
時間は相応にかかりますが、その取り組みの手ごたえをお感じいただけたなら、
毎週1回以上での継続的な面接をとおして、今後の人生を大きく変える何かが得られます。
それは、自分の判断で自身の歩みを決めていける、責任を持てるこころの獲得であり、
自身を肯定できるようになるとりくみといえます。
精神分析の学びは、このことを可能にする理論を私に提供してくれました。
その理論を生かせるか否かは、その治療者次第であることは付け加える必要があります。
京都でも精神分析的心理療法を、低額(500円、1000円、3000円、4000円)で受けられる、ところもあるようです。相性がよく効果が得られればよいでしょう。ただ、少なくとも創始者のフロイトは、一定額以下の料金設定には異を唱えていました。
お話がそれてしまいましたが、
不安は、一定、健康なこころが抱えている到達可能なこころの叫びであると、私は思います。
その叫びを知ることは勇気のいることかもしれませんが、自由なお話とそこで発生する、
正直なお気持ちを私に表現してくだされば自ずと事態は進展していきます。
過日の師の勉強会で、進展は面接の中で起こってきて、それが起こると、納得のいく解釈を
ずっとたやすく与えられるようになるとのビオンの言明の紹介がありました。
このような解釈をお伝えすることこそが、当ルームの仕事と思っており、そこには、
ある種のインパクトをともないますが、そのことをよしとする方々と共に作業を進めています。このような自負ともいえる言明がなせるのも、今までに当ルームをご利用いただいた方々との、経験に裏打ちされているからこそです。これらの経験は重層的なものであり、コメントを投稿できるような類のものではありません。
またまた、お話がそれていきそうですので(笑)・・・、
それでは、この辺でおひらきといたします。
お立ち寄りいただきありがとうございます。
ぐっと気温が下がりましたのでお風邪など召されませんようにご自愛くださいませ。
]]>
当ルームは、火曜から金曜の9時から夜間21時まで(20時面接開始)開室しています。
夜の時間帯は、お仕事帰りに利用される方に便利な時間帯です。
18時以降の現在の空き時間をご案内いたします。
18時からは、木曜日が開いています。
19時からは、火曜日、水曜日、金曜日が開いています。
20時からの空きはありません。
午前・午後は曜日によって空き時間が異なりますので、お問い合わせください。
土曜日午前は、平日の昼間に来れない方のための初回面接を行うための開室となります。
夜間の時間帯には限りがありますので、ご検討いただければと思います。
お立ち寄りいただきありがとうございます。
朝晩すこし涼しくなってまいりましたので、
みなさまにおかれましてもお風邪など召されませんように。
]]>あれよあれよという間に月日が経ち、久しぶりのアップとなりました。
「カウンセリングを希望するこころ」と題して、つぶやきたいと思います。
なんらかの症状や困りごとがあって相談にのってほしい、話を聞いて欲しい、
でも精神科や心療内科にいくのは敷居が高いし、こういう時はカウンセリングか…。
そのようなことでどのようなところがあるのかと、
お探しの方も当ルームのブログを覗いてくださっていることでしょう。
実は、少し前にプロフィール欄の写真を私の顔写真に変更しました。
身内にアドバイスされて19年目にして広報のために観念してのことです。(笑)
カウンセリングといっても、いろいろな心理療法があるのですが、
実際にカウンセリングを受けてみようと思う時には、
行きやすい場所であったり、料金であったり、
HPの内容や顔写真などのイメージから選ぶということになるのだろうと思います。
この人に話を聞いてもらおう、この人と自分のこころについて一緒に考えてもらおう。
そう思える人に出会えるまで、妥協せずに探されることをお勧めします。
カウンセリングを受けてみようと思うこころが何を求めているかによって、
しっくりくるセラピスト(カウンセラー)が違ってくるはずです。
なので、当ルームにお見えになる方も、自覚されているものではないのですが、
当ルームが提供するものと自身が求めているものが違うようだとのことは、
とても速い段階(1回〜3回、長くても10回まで)で判断がつくようです。
もちろん、私の方も判断していただけるようにご説明や実際の面接を提供いたします。
実際に会ってみてあなたにしっくりくるセラピストに出会われますように。
お立ち寄りいただきありがとうございます。
コロナもインフルもそれなりに流行っているようですので、
皆さまにおかれましてもどうぞお身体大切にご自愛くださいませ。
]]>
子どもさんが学校に行きたくないということが多くなります。
頭が痛い、お腹が痛い、微熱があるなどの身体症状もあるかもしれません。
不登校にまつわる対応をどうすればよいか?ということへの情報はさまざまあり、
学校を休ませる方向に行きつくことがほとんどではないかと思います。
実際、休ませてあげることが良いことも多いかと思います。
ただ、学校の中での問題が深刻でない場合は子どもさんを再登校に促すことが大切です。
なのですが、不登校という状態から復学することは簡単ではなく、
つぎなる困難が立ちはだかるのです。
子どもさんの状況に対する適切な見立てが不可欠です。
チェックリストでの答えはあくまで参考にとどめるべきです。
そうでないとせっかくの成長の機会を逃すことになりかねません。
身体症状を出してでも学校を休みたいことには、それなりのこころの中の事情があります。
その事情に思いを馳せて、まずは子どもさんと言葉の交流を持ってください。
それでも理由が導けないことの方が多いと思いますので、そのときは、ご相談ください。
18歳未満の子どもさんがおられる場合は、2回目以降の面接料の割引があります。
お問い合わせをお持ちしております。
お立ち寄りいただきありがとうございます。
みなさまにおかれましてはどうぞお身体大切にご自愛くださいませ。
]]>いかがお過ごしでいらっしゃいますでしょうか。
しばらくぶりのアップとなりました。
コロナ禍で身動きがとれなかった状況から動きがとれるようになり、
久しぶりのひとに会う、ということも増えておられるのではないでしょうか。
今夏、ひなぎく心理ルーム主催の研修会を初めて開催しました。
参加者を得て無事かいさいすることができました。
参加してくださった方との出会いは私にとって記念すべきものとなりました。
今後、研修へのご意見などをいただきながら次回の研修につなげたいと考えています。
もう一つの出会いは、↓これです。
川端通にかかる橋を車で通っていると四つ足の???何??と。
グル〜ッと回って、安全なところに車を停めて見に行きます。
まぎれもなくシカです。
え〜〜〜っ、高野川でシカを見るのは初めてです。警察に連絡しないといけない??
え〜〜〜〜っ、こんなにいる。のべ4頭もいます。
私は橋から写真をとります。橋の上を人がちらほら平然と行きかいます。
???と、わたし。
犬の散歩をしながらこちらに向かってきた女性に声をかけます。
「 シカなんですけど・・・」
「 はい、いつもいるんですよ」「 え〜〜〜そうなんですか 」
「 ええ、毎年、4月にばバンビちゃんが生まれるんですよ 」
「 どこからきてるんでしょうか 」
「 どこでしょうね?あの山か、夜遅くにもそこらにいるときもあるしね 」
「 そうなんですね、じゃあ、これ見慣れた景色なんですね 」
「 ええ 」「 何十年か近くにすんでいるのにはじめてみました。じぁ、警察に言わなくていいですね」
(笑)(笑)「いわなくていいですよ(笑)」
こんな出会いもありました。
その方がおっしゃるにシカは、ある橋からある橋の間にだけ毎年あれわれていて、
それ以外のところにはいかないそうです。
今夏、今、岡山に住む友人にこのことを話すと、
シカは害獣で駆除の対象とのこと、増えて大変になってないの?と。
情報を下さった方の様子では、ほのぼのとしたいつもの光景といった感じでした。
京都ニュースでもなんら聞いたことないしな…。
どうやら地域の人とシカは共存しているようです。
また見に行ってみようとおもいます。と、思っていてもときが経つことですが…。
それでは、みなさまにおかれましても夏バテなされぬようご自愛くださいませ。
いつもお立ち寄りいただきありがとうございます。
]]>
みなさまにおかれましてはいかがお過ごしでいらっしゃいますでしょうか。
2023年度の夏季休暇期間は、
8月7日(月)〜8月21日(月)までの2週間となります。
この間、面接はありませんが、お問い合わせなどへの対応はいたします。
22日からの面接のご希望も受け付けます。
日本には四季があることですが、近年は夏と冬に二分されるような気候となり、
秋の季節が重要なミカン農家さんがトロピカルフルーツの栽培に鞍替えしているのだとか。
気候変動は憂う事態ですが、適応もしないといけないという生々しい現実ですね。
今ある状況に適応しながら、それでも先を見据えて考えることを怠らず、
機を見て行動ですね。
みなさまも大なり小なり、葛藤を抱えながらの日々であることと存じますが、
想いながら考えながら歩みをすすめていかれますように。
同じところをぐるぐる回る思考にお困りであればご相談ください。
それでは、どうぞお元気で夏を乗り切られますように。
いつもお立ち寄りいただきありがとうございます。
]]>
みなさまにおかれましては、体調などくずされておられませんでしょうか。
さて、「研修会」のカテゴリーでの記載です。
8月のお盆を過ぎた頃に専門家にむけた表題の研修会を企画いたしました。
当ルーム主宰のものです。
私が、不登校の児童・生徒さんやその保護者の方々にかかわるようになったのは、
1997年4月から、いじめ・不登校を専門に扱う精神科医院に勤務したことに始まります。
(この医院の閉院を機に当ルームを開設したので、現在は存在していませんが、
私が勤務した学校のカウンセリングルームの本棚に、院長土屋守先生の著書を見かけることがありました。当時、何度かNHKにも出演されていました)
その後、スクールカウンセラーとして、当ルームにてとなります。
全国的に不登校児童・生徒の数は、ここ数年増加の一途をたどり、
京都府も例外ではありません。
不登校児童・生徒には、直接会えないけれど、その保護者は私たちに会いに来て、
どのように対応したらよいのかとの質問を受けることはよくあることとおもいます。
その問いに、応えるためには、まず、児童・生徒の状況を見立てる必要がありますし、
その保護者の方の過度な負担にならないように配慮しながら、
具体的なかかわり方をお伝えすることが必要になることもすくなくありません。
例えば私たちが保護者の方々の心的な負担に配慮して、労わりを言葉にしているのみでは、
事態は進展していきませんし、子どもさんにどう関わったらよいかを真摯に求めている保護者の方にとっては、私たち専門家の対応がものたりないものになってしまうことでしょう。
私は、不登校児童・生徒の保護者面接の場合、
はっきり、しっかりと見立てをお伝えすることに努めています。
私の見立てを聞いた保護者の方から、反応が返ってきます。
私たちに会いに来る保護者の方は、
当然のことながら子どもさんの情報をたくさん持っておられます。
その持っておられる情報と、私たち専門家が伝える情報がやりとりされ、
子どもさんのこころに、2人で想いを傾けながら面接を進めていくことになります。
まずは、私たち専門家が何らかの見立てをお伝えすることがとても大切です。
それは、泣く幼子に対して母親がどうしたの?こけたの?お腹いたいの?と、
声をかけていくようなものです。
かわいそうにねぇと、声をかけていることでは、
声をかけずに無視をしているということよりはましですが、
その子は自身の状態を表現することばをもつことに時間がかかるやもしれません。
できるならば、こどもが「うん」と、言える内容にたどり着きたいものです。
保護者が、私たちの見立てや想像することを聴いて、そうなんです!、…
そういえば、このようなこともあって…と、保護者の中から子どもさんへの理解につながる
エピソードが話される。そのようなやりとりが存在し始めるために役に立つ視点が、
精神分析の対象関係論の理論の中にあり、
その理論を実践とつなげながらお伝えしたいと考えています。
実りある研修会となるように準備を進めたいと思います。
お立ちより頂きありがとうございます。
毎日、大変な暑さですが、皆さまにおかれましても体調崩されませんように、
お身体大切にお過ごしくださいませ。
]]>
悪しからずです。
ひなぎく心理ルームの提供する精神分析的心理療法の一番の特徴は、
週1回〜3回という低頻度であってもカウチを使用するというところにあると言えます。
まず、頻度についてですが、
週1回以下の頻度では、精神分析的心理療法で達成しうるこころの深いところにある、
過去の体験と現在の体験の重なりの何たるかをしりえることは不可能です。
これは、私の現在までの臨床実践から導かれた現時点での私の結論です。
そして、カウチの使用が椅子とはことなると私が感じている点は、
過去の体験と現在の体験の知的な水準での私との共有ではなく、
イメージの中での視覚的な場面の共有をともなう体験的なものであるということです。
このような体験は、椅子でも可能である場合ももちろんあることです。
ただ、
もっと言えば、私と来室された方が来室された方の過去の体験を共有できる段階に至るまでの、乳幼児期の作業を主とするような場合に、カウチは椅子ではなしえない作業空間をあつらえてくれると私は考えます。
このことが、
頻度を週1回以上に定めて、精神分析的心理療法の提供を私に決めさせた大きな理由です。
来室くださる方は、何も意図せずに思いのままを語っていただくことのみで良いことです。
今現在の、こころに感じられている思いや実際の症状にまつわる困りをお伝えください。
ちなみに初回90分の面接は椅子ですし、その後も椅子で継続していただくことはもちろん可能です。
心理職や対人援助職の方で、自身のこころを見つめる作業をしてみることに興味のある方は、
自身の実体験こそが自身の臨床に生かされることを体験されることと思います。
私自身がそうであったようにです。
梅雨に入った京都は、スチームサウナ状態です。
体調管理も大変なことと思いますが、みなさまもどうぞお身体大切になさってください。
お立ち寄りいただきありがとうございます。
]]>
ここでの解釈とは、精神分析(的心理療法)で患者さんに治療者が伝える何かのことです。
先の勉強会でウイニコットの論文「対象の使用と同一化を通して関係すること」をよみました。
その中で、解釈が転移の自然な進展を妨げる要素を持つことが示されています。
この論文は、1968年11月12日にニューヨーク精神分析協会で口頭発表されています。
同じ、1968年7月31日にブエノスアイレスで行われたビオンの第12セミナーで、
ビオンは、あらゆる解釈は分析を妨げ、そしてまた分析家の観察をも妨げますが、
私たちはそのことを回避できないということです。と述べています。
解釈をするかしないか、おそらく二人の視点は・・・なんてことは、
わたしがどうこういえることではありません。(笑)ここで言いたいのは、
同じ時期に解釈をする・しない?について言及していることをつぶやきたかったことです。
解釈しないと治療は進展しません(患者ひとりの力で進展しうるところまでは可能)し、
解釈することでワークスルーしないといけない局面を醸成・突破することにもつながります。
ただ、治療者にコンテイメントされるのみで解釈を待たないといけない現象も確実にあります。
ビオンは、先のブエノスアイレスの第2セミナーで失敗についてこう述べています。
失敗は、明瞭に観察できないか、
あるいは受け取った印象を他者へと伝えられないかのいずれかの結果、幾度も生じてくると。
正しくと私は思います。受け取った印象を伝えるのは治療で言えば解釈です。
なので解釈は回避できないとビオンがいうところです。
しかしながら解釈できそうな素材を観察により感知してのち、
治療者がそれを扱うか否かという判断が必要という命題もありそうです。
もっと言えば、いつ、なぜ、解釈するのかです。
つまり、いまここで扱う必要のある素材と転移の醸成を損なうゆえコンテインし続ける素材と…
つぶやきが濃い…。と、思うのは私だけでしょうか。(笑)
今年は早い梅雨入りとなりました。
7月の16日17日とある師のlectureへの参加が叶わないことに関して私のこころは雨模様です。
梅雨と強引に(笑)絡めましたが、つぶやきたいことでした。
両日の終日、社会福祉法人での重要な育成セミナーがあり・・・です。
解釈する?しない?は、実はとても高度なお話です。
いまここで向き合うその方にまつわる唯一無二の内容を、その方に伝わることばを使用して、
しかるべくタイミングでつたえる。
言うは易く行うは難しです。
それでもそのことが私なりに為せているので、開業臨床が成り立っています。
私なりに為せているというのは、
こうあるべしとの正解がある領域ではないので、
臨床家が自身の臨床をねりあげ日々の臨床において更新することができ、
継続して来室する方にはこころの変容を実感してもらえる結果がだせているということです。
生涯にわたってつづく私の研鑽の成果を来室くださる方と同業のかたに、
今後も還元していくことです。
お立ち寄りいただきありがとうございました。
みなさまにおかれましてもどうぞお身体大切になさってください。
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