ひなぎく心理ルームでは臨床心理学の立場から、いろいろな心の「悩み」や「葛藤」、「違和感」などに対してお話を充分にお聴きし、共に見つめ、整理しながらカウンセリングを進めていきます。
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私の精神分析

私の心理学やカウンセリング一般との出会いは、

二十歳から大阪まで足を延ばして学び始めた心理学講座受講に始まりました。

 

その中で歩みをすすめ、グループでの事例検討や個人スーパービジョンが始まり、

任意で述べ120回程度のパーソナルセラピーも受けました。

その時のセラピスト兼スーパーバイザー(現在の認識では同時期❝兼❞はない)が、対象関係論、独立学派ウイニコットの理論をもとに臨床をされる故・脇坂尚子先生でした。

脇坂先生との出会いが、精神分析との最初の出会いでした。

 

20年以上も前になるスーパービジョンの逐語録は手書きでした。

時々、自分でも作話?との疑念を持つ程に、つらつらと流れるように書いたことが思い出されます。

脇坂先生はバイズにおいてもセラピーにおいても、それはそれは大切に私と関わり育ててくださいました。

にもかかわらず、いつも印象的に思い出されるのはバイズでの脇坂先生の私への高評価に内心むかつき、セラピーでのまれにしかされなかった解釈に「なんか腹立つ」とポツリと、しかしはっきりと表現し、それで終わりという場面。

今の私は書いていて笑みがこぼれます。

脇坂尚子先生あっての今の私です。

脇坂先生は良くも悪くも「おかん」(関西弁で母親)でした。

 

様々な理論を学ぶ中に、常に精神分析諸理論はあり、精神分析に魅力を感じていました。

ただ私は、その理論を軸に臨床をしているその人そのものを通して学びたいと言う思いが強くあり、この人にという先達に出会えていない事実が、日本精神分析学会未入会ということにも表れていました。

 

2010年5月16日京都府臨床心理士会主催「精神分析と現代の心理療法」と題した研修会がありました。

講師は、松木邦裕先生でした。

はじめてお目にかかったこの研修会の日に、パーソナルセラピーの希望を伝え、後に待機者リストに加えていただくことができました。

私にとっての、真の精神分析との出会いがここにありました。

 

年末年始に思い巡らせた精神分析についてつぶやく…と、年始のご挨拶でつぶやいていましたが、私の精神分析との出会いを書くことになりました。先の年始のご挨拶の内容も、書き始めてから公認心理士のことを書いた私で、このようにしようという意識を軽々と超える自分を動かす何かにゆだねることしばしばの私です。

書きたかったことは、色々と思いを巡らせるも、私のこれと思った精神分析が私にとっての「真」であるということを記したかった私のようです。

 

最初には何を思ったか、昨年手帳に記した下記の詞を冒頭に書いたのですが、

それはここに収まりました。

 

ひとつには、終わったということ

ふたつには、死んだということ

みっつには、愛しているということ

よっつには、進むということ

 これが「生きる」ということ

 それが「私の精神分析」

          (2017・3・27)

 

漠然とした表現が、様々な角度からの連想を可能にすると、

その点に関して、気にいっています。

すべては、こころのことであるのは言うまでもありませんが。

 

精神分析は切実です。

 

変な言い方かもしれませんが、切実と思います。

 

図らずも、ちょっとつぶやきな感じに収まった気がします。

(笑)

 お立ち寄りいただきありがとうございます。

 

それでは、これにて失礼いたします。

 

 

 

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