ひなぎく心理ルームでは臨床心理学の立場から、いろいろな心の「悩み」や「葛藤」、「違和感」などに対してお話を充分にお聴きし、共に見つめ、整理しながらカウンセリングを進めていきます。
第64回日本精神分析学会

師走に入りました。

11月のアップが叶わず、お待たせいたしました。

 

今年の学会は京都開催でした。

今年の紅葉は猛暑と台風の影響をうけてか、

その色づきに苦労がにじみ出ていることが否めませんが、

それでも学会会場から眺める宝が池付近の景色は美しかったです。

 

昨年に続き今年も学会発表を行いました。

また今年は、学会認定心理療法士の認定を受けることができました。

私にとって認定を受けることは、精神分析的臨床に邁進することを意味します。

精神分析的な臨床実践は、私の想像をはるかに超えて、

その意義深さと素晴らしさを日々、私に教えてくれています。

 

教えてもらうといえば、学会でも多くの学びと刺激を受けました。

松木邦裕先生が登壇されたいくつかのセミナーの中で、

ランチョンセミナーというものがあり、

その名の通り昼食を頂きながらお話を聞くという企画なのですが、

失礼なことだなぁとは思いつつも大いに退行した状態で、

いつもにはない楽しさを味わわせていただきました。

 

そして私自身について気づかれたことがあり、それは、セミナーの資料や題材が、

これまでに見聞きしたものであっても、

その時々に新しいものを受け取っている私がいるという事実でした。

語られるときによって伝わるもの(無意識的)、伝えているもの(意識的)、

受け取っているもの(意識的・無意識的)が違うのだろうと思います。

当たり前のことなのかもしれませんが、

このことは私が思う精神分析的な臨床実践では非常に重要だと改めて思うところです。

 

ゆえに私にとって50分は毎回新鮮で、よく言われる面接中の「強烈な眠気」という体験は、

あまりないのかもしれないなぁと思ってみたりしました。

 

来年度の学会は札幌とのこと、楽しみであります。

私は確認していないのですが、学会会場で紙面にて広報されていた学会の日程と、

最終日にアナウンスされた日程に齟齬があるそうです。

紙面のものは水・木・金の日付けだったそうで、例年を考えると、

金・土・日でアナウンスされた日程が正しいものと思っていますが、

早く、今一度、真実が知りたいです。(笑)

非会員の先生に教えてくださいね、と言われているからですが。

余談での締めくくりとなりました。

 

また近くアップ致します。

お立ち寄りいただきありがとうございます。

 

| 私の歩み | 14:35 | comments(0) | trackbacks(0)
私の精神分析

私の心理学やカウンセリング一般との出会いは、

二十歳から大阪まで足を延ばして学び始めた心理学講座受講に始まりました。

 

その中で歩みをすすめ、グループでの事例検討や個人スーパービジョンが始まり、

任意で述べ120回程度のパーソナルセラピーも受けました。

その時のセラピスト兼スーパーバイザー(現在の認識では同時期❝兼❞はない)が、対象関係論、独立学派ウイニコットの理論をもとに臨床をされる故・脇坂尚子先生でした。

脇坂先生との出会いが、精神分析との最初の出会いでした。

 

20年以上も前になるスーパービジョンの逐語録は手書きでした。

時々、自分でも作話?との疑念を持つ程に、つらつらと流れるように書いたことが思い出されます。

脇坂先生はバイズにおいてもセラピーにおいても、それはそれは大切に私と関わり育ててくださいました。

にもかかわらず、いつも印象的に思い出されるのはバイズでの脇坂先生の私への高評価に内心むかつき、セラピーでのまれにしかされなかった解釈に「なんか腹立つ」とポツリと、しかしはっきりと表現し、それで終わりという場面。

今の私は書いていて笑みがこぼれます。

脇坂尚子先生あっての今の私です。

脇坂先生は良くも悪くも「おかん」(関西弁で母親)でした。

 

様々な理論を学ぶ中に、常に精神分析諸理論はあり、精神分析に魅力を感じていました。

ただ私は、その理論を軸に臨床をしているその人そのものを通して学びたいと言う思いが強くあり、この人にという先達に出会えていない事実が、日本精神分析学会未入会ということにも表れていました。

 

2010年5月16日京都府臨床心理士会主催「精神分析と現代の心理療法」と題した研修会がありました。

講師は、松木邦裕先生でした。

はじめてお目にかかったこの研修会の日に、パーソナルセラピーの希望を伝え、後に待機者リストに加えていただくことができました。

私にとっての、真の精神分析との出会いがここにありました。

 

年末年始に思い巡らせた精神分析についてつぶやく…と、年始のご挨拶でつぶやいていましたが、私の精神分析との出会いを書くことになりました。先の年始のご挨拶の内容も、書き始めてから公認心理士のことを書いた私で、このようにしようという意識を軽々と超える自分を動かす何かにゆだねることしばしばの私です。

書きたかったことは、色々と思いを巡らせるも、私のこれと思った精神分析が私にとっての「真」であるということを記したかった私のようです。

 

最初には何を思ったか、昨年手帳に記した下記の詞を冒頭に書いたのですが、

それはここに収まりました。

 

ひとつには、終わったということ

ふたつには、死んだということ

みっつには、愛しているということ

よっつには、進むということ

 これが「生きる」ということ

 それが「私の精神分析」

          (2017・3・27)

 

漠然とした表現が、様々な角度からの連想を可能にすると、

その点に関して、気にいっています。

すべては、こころのことであるのは言うまでもありませんが。

 

精神分析は切実です。

 

変な言い方かもしれませんが、切実と思います。

 

図らずも、ちょっとつぶやきな感じに収まった気がします。

(笑)

 お立ち寄りいただきありがとうございます。

 

それでは、これにて失礼いたします。

 

 

 

| 私の歩み | 19:50 | comments(0) | trackbacks(0)
難産から感じとる愛

かつてこのブログは、一ヶ月にアクセス数が1万件を超えていました。

 

今はブログの性質を変化させたので、そのようなことではありませんが、少し書きたくなりました。

 

私の歩みというカテゴリーで、書こうと思いますが、このカテゴリーでの過去のものが何もないのも寂しいので、

一つだけ、「小指だけ友達になろう」を再アップします。

 

さて、本題ですが、私は難産で生まれてきました。

母子手帳の帝王切開のところにペンで半分まで丸が書かれて途中で止まっています。

まる二日苦しんだと、聞かされていました。

 

それでも母は頑張ってくれて、私も頑張って、産道を通って生まれました。

 

お腹の中の私に髪の毛を沢山与えたかった母は、ワカメをたくさん食べました。

そのかいあって、生まれた直後の私の髪の毛はウルトラマンのように立っていたほどでした。(笑)

でもその写真の母の表情は疲れ切っていました。

 

時が流れ、18歳のころ、エーリッヒフロムの「愛するということ」をてにとり「愛することは技術である…」との一文を目にしました。そうか!愛することは自分の側でできることなんだ!と、感動したのでした。

 

今、母が産道を通して私を生んでくれたことに愛情を感じています。

 

そのことが書きたくなりました。

 

長く続く陣痛、つらかったでしょう、さぞかし痛かったでしょう。

 

ありがとう。

 

このことを書きたかったみたいです。

 

 

 

| 私の歩み | 22:12 | comments(0) | trackbacks(0)
小指だけ友達になろう

私が精神障害者の小規模作業所の職員をしていた頃のお話です。

もう20年近く前になります。
出来て間無しの作業所で、メンバーさんは約15人ほどだったと思います。

皆、主治医があり投薬治療と平行して作業所の利用をされていました。
状態も概ね安定されており、毎日みんなと楽しく作業をしていました。

精神障害者の方をよくご存じの方はおわかりかと思いますが、みなとても優しい人ばかりで、この人たちの怒りや憎しみはどこに行ってしまったのか?と、よく思ったものでした。
やがて、あ〜、そうか幻聴になって表現されているのか、なんて勝手な持論を抱くのでした。(笑)

忙しく今では考えられないのですが、プライベートな時間も近所のメンバーさんとは一緒に銭湯にいったり、
休みにはライブに誘ったり、飲みに行ったりということもありました。
夏には海水浴に行くこともありました。
「連れて行ってあげる」 という上から目線などでは決して無く、私自身も本当に楽しく関わっていました。
「あの時代は本当に楽しかったね」が、当時のメンバーさんとは口癖になっているほどです。

私の中では目一杯楽しく過ごすことが、メンバーさん達にとってどれだけ有意義な事であるかを片方では感じていて、その事も私の充実感として跳ね返っていたようには思います。

この様な関わりをしている私でしたが、メンバーさんの中には外出してお出かけするということ自体
とても手に負えることではないと言うメンバーさんもおられました。

その方は多くを語らずやさしく穏やかで、遠慮がちなとてもいい人でした。
でも、なかなか人と楽しげなコミュニケーションを出来るタイプの人ではなく、いつも私が他の人と冗談を言ったりするのを楽しそうに聴いてほほえんでおられました。

その方に私がいった言葉が
 「小指だけともだちになろう」 だったのです。

何をおっしゃってるの??? と、思われても仕方ありませんね。(笑)

忘れもしません、その人がロッカーから荷物を出して帰ろうとされている時でした。
私は小指を出して、「小指だけ友達になろう」 と言い、指切りをしたのでした。

その方は、驚く風もなくにこやかに応じて下さいました。

私は、何を思ったか。  
その方が、人との距離が近しいことに恐怖というか、圧倒される感じを抱いているように思われたのです。
だから、ただ単に友達になろうというのではその方にはありまにも強烈すぎて、手に余ってしまうだろうと考えたのです。
だったら、小指だけなら無理なく、圧倒もされず友達になってもらえるだろうと考えたのです。
お互いの小指同士で遊びに出かけると言うことはないのですが(笑)、私は満足したのを覚えています。


気持、心をふれあわせたかったのだと思います。


妙案だったなぁと、現在の私がいたく感動しております。  (笑)


また、自画自賛ですか?   (笑)


はい。



(笑)(笑)(笑)(笑)(笑)







| 私の歩み | 23:51 | comments(0) | trackbacks(0)
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